作意の螺旋4






私がすべての真実を知っていたら、私の行動は変わったのだろうか。










真っ暗な中を歩いていた。




しかし何も見えないわけではない。
真の暗闇であれば見えない筈の自分自身が、はっきりと見えた。
なぜかここは非現実だと、夢の中だとわかった。
異世界において、何が起こっても不思議ではないのに、不安になることはなかった。


何かに引き寄せられるように、まっすぐ歩いて行く。



シャク



足裏に今までと違う感触があった。
草を踏みしめていた。
そう気付いたとたん、目の前には草原が広がっていた。


真っ暗な空に、青々とした草原。
どこまでも、どこまでも続いているようだった。


「っ……。ひろい…。」

ただただ驚きながら、草の感触を確かめるように歩いて行く。


足元にも気をつけないとと思い、時折下を向いて歩いた。
無心になって歩いていたが、ふと顔をあげると、目の前に巨大な樹が立っていた。


「うぁっ……!」

あと一歩でも進めば、ぶつかるような距離だった。
慌てて飛び退き、はその巨大な樹を見上げた。


大人一人では到底手を回すことができない程の太い幹。
無数の方向に伸びている枝。
そしてその巨体に絡まる蔦。


「何て大きな樹なんだ…。」
はそう言いながら、樹にそっと手を伸ばした。


すると、樹はキシキシと動き始めた。

慌てて手を離すと、樹の枝や蔦がの方へとゆっくり向かってくる。
ゆっくりと伸びてくる蔦に手を伸ばすと、急に動きが速くなった。

触れた右手から、シュルシュルと蔦が絡み、手首を縛りあげてしまう。
どこからか伸びてきた他の枝が、左手などの四肢を縛りあげ、は身動きが取れなくなってしまった。


「しまった!!」


そう言い切る前に、枝がの胸へと一直線に向かってきた。

刺さるっ!!





衝撃に備えるように目をぎゅっとつぶっていたが、衝撃はいつまでたっても来なかった。


「ぷぅ〜!」


間抜けな声に目を開けると、座ったまま眠っていたの足の間からモコナがニコニコとこちらを見上げていた。


「ッ…」

思わず息をのんだが、ここがあの真っ暗な空間ではないことを確認すると、ほっとしたように詰めていた息を吐いた。

!おはよう!」

「お、はよう…ございます。」

ここまで近くに生き物がいるのに、気がつかないのは久しぶりだった。
自分のいた国ではそれは命取りな行為であったし、の仕事としても、それは致命的な失敗である。

はそのことに気付き、一人冷や汗をかいた。

、どーしたの?」
モコナが体育座りをした足の間から、心配そうに見上げてきた。

「なんでもありません。」

ほんとー?とモコナが言った。
しかし部屋の外から、朝食に呼ぶ空汰の声が聞こえたので、そちらに行ってしまった。

ぴょーん、ぴょーんと飛び跳ねて行くモコナの後を、もついていった。




昨日、空汰からこの世界の説明を受けたのと同じ部屋に行った。部屋には足の短い机があり、その上には、嵐が作ってくれた暖かい食事が用意されていた。

「お、来たか!おはようさん!」
朝から元気な空汰が、に話しかけた。

「おはようございます。」

「んじゃ、はここに座ってなー。」
空汰は低い机の横を指すと、座るよう促した。

どうやら、この机は、床に座って使うためのものらしい。
自分の世界とは違う生活様式に関心していた。

「どした?座らんのか?」

「あ、いえ、私の世界と違うので…」

「そっかー、そやろなー。」
まぁまぁ座りぃやと、みんな座るのを待ちながら、空汰が言った。

「でも異世界を渡るってこういうことの連続じゃない?」
ファイが言った。

へらへらとしているようで、したたかで、さらっと真実を口にする。これがファイの印象だ。
そして、「強い」というのが、ここにいる小狼、ファイ、黒鋼の印象だった。

はそれなりの覚悟を決めて、この旅に飛び込んだつもりだった。異世界へ行くこと、一人で彼を探すこと。
しかし、小狼たちと違い、こんなにも色々なことに戸惑い、驚いている。
ファイの一言で、自分には覚悟が足りない、自分には強さが足りない。そう、指摘された気がした。

「そう、ですね…」

被っていた帽子を少し下へとひっぱった。
情けない顔をしていそうな気がして、あまり見られたくなかった。



空汰と嵐、小狼、ファイ、黒鋼、の6人で机を囲んで朝食をとる。
2本の細い棒を使って食事をするのだが、これがとても難しかった。これにはファイも苦戦していた。黒鋼が上手に使うところを見ると、彼の国では同じような道具があったのだろう。

それに、この環境も慣れなかった。
人間と同じ机で食事をするなんて、思いもしなかった。


「なぁ、の国にはこんな道具はないん?」
空汰が2本の棒、「箸」を空中で上手に使ってみせながら、に問いかけた。

「はい。我々は手で食べますから。」

「へぇ!そらおもろいなぁ!他に違うとこある?」

「え、あ、人間と同じ机では食事をしない、とか…。」

「人間と、って?」

「気にしないでください。」

何でもないようにごまかしたが、は慌てていた。

ここがどのような国で、どのようなシステムの上になりたっているのか、まだわかっていないのだ。
そして自分の国のように、存在を受け入れられないかもしれないという可能性もあるのだ。
自分の事を不用意に打ち明けるのは危険なことかもしれない。


皆の視線を感じたが、このまま黙っておくことにした。


食事が終わると、着替えて街中を見に行くことになった。
さくらの羽根を見つけるためであるが、もうはこの世界に彼はいないということはわかっているので、少し協力することにした。

魔女の所で会った時もそうだったが、皆の服装はそれぞれまったく異なるものだった。それはもちろんこの世界とも違うものだろう。

これではあまりに目立ちすぎる。
そういうことで、空汰に服を借りた。


小狼は半そでのシャツに大き目のズボン。
ファイは白い長そでに細身の黒いズボン。
黒鋼は黒い半そでに黒いズボンだった。
は黒い長そでに青いズボンだった。
いつも付けているようにと言われた首飾りがかけられている。

その格好にその首飾りは合わんなぁと空汰に笑われてしまった。
この国の人は普段こういうものは付けないのかもしれない。

もちろん、昨日借りた帽子も眼深に被っている。



仕事に行くという空汰と別れ、4人と1匹?は街に出掛けた。








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<あとがき>
異世界で生活するのって、すごく大変なことだろうなと思い、そういう要素をいれてみたかったのですが、間延びしてしまったような気もしなくもない…。
あと、主人公の巧断をどんなのにしようかってのも、ちょっと悩みました。原作がきっちり作りこまれているので、隙間を見つけて、主人公にもっともらしい仕事、役割を作ってあげるのが大変だ…。