作意の螺旋3






私がすべての真実を知っていたら、私の行動は変わったのだろうか。










「うっ…」


横に傾いたぼやけた視界が徐々にはっきりとしてくる。
見慣れない風景に異世界に来た事を思い出した。


ハッと身を起こすと先ほどの白い男と黒い男がこちらを見ていた。

「あ、起きた?くん…だったよね?」
白い男がにこにことに話しかけた。

「…はい。」

「雨降ってたでしょ?これで拭いてって。」
はい、と白い男はにタオルを渡した。
タオルを受け取ると、フードをかぶったまま拭き始めた。

「ねぇ、その上着脱いじゃえば?」
白い男がに手を伸ばした。

「あっ、これは…っ」
は思わず後ずさってしまった。


「さくら!!」


少女を抱えていた少年が叫んで目を覚ました。

「ぷう!みたいな?」
白い生き物、モコナは少年を拭いてやっていた。

少年はガバッと起き上がると少女をぎゅっと抱きしめ、無事を確認した。

「寝ながらでもその子のこと、絶対離さなかったんだよ。」
先ほどの白い男が言った。

に話しかけたことと言い、この少年に話しかけたことと言い、 彼は人付き合いが得意なようだ。

そして彼は少年に名前を尋ねた。

「小狼です。」

「こっちは名前長いんだー。ファイでいいよー。」

この少年は小狼で、白い男の名はファイというらしい。
はファイが流れるように話す様を目で追っていた。

「で、そっちの黒いのはなんて呼ぼうかー。」

「黒いのじゃねぇ!黒鋼だっ!」
『黒いの』と呼ばれて黒い男が反撃に出た。

で、あっちに座ってるのが、とファイはの方を向いて指差した。

くん。」

「……どうぞと呼んで下さい。」

は敬称はいらない、と念を押すように言った。
は彼らに顔を向けたものの、3人からはの顔は見えなかった。


ファイは小狼の服をごそごそと漁り、紋様のついた羽根を見つけ出した。
これが少女の記憶のカケラだという。
小狼はこの羽根を見つけなくてはならない。

しかしどうやって探すのだろうとは疑問に思った。
我武者羅に世界を探すのではとても間に合わないだろう。


「モコナ分かる!」
そういってモコナが跳ね上がった。

羽根は強い波動を出しているから、波動をキャッチして


めきょっ


となるらしい。


モコナは小狼の羽根探しに協力的である。
しかし、黒鋼は違った。
彼の目的は自分の国に帰ることであるから、彼の事情に首を突っ込むつもりはない、と。

確かにそういうものだろうとは思った。
自分のことは自分でやるのは当然だ。


「これは俺の問題だから、迷惑かけないように気をつけます。」
小狼ははっきりと言った。

ファイはすることもないからと、協力的な様子である。

「お前はどうなんだ。」
黒鋼は鋭い眼つきをへと向けた。

「私は…私の事が終わりましたら。」

彼の人がどの世界にいるかわからない以上、自分も捜す手を止めるわけにはいかない。
しかし、その世界がハズレだとわかればほかにすることはないのだ。
ファイと同じように、命にかかわらない程度なら手伝ってもいいと思った。


「よう!」


新しい人の気配にみなが警戒を強めた。

は服の下でサッと鋭い爪を出したが、この有洙川空汰という男と嵐という女は 警戒する必要がないとわかった。

彼はこの国の古語だという不思議な言葉でこの国について説明した。

この国は阪神共和国だということ。
文化、通貨や野球のこと。
嵐さんに手を出してはいけないということ。


この部屋は彼らがやっている下宿屋の空き部屋らしい。

にとって初めて見るものばかりだった。
植物を編んで作ったような床。
そしてその上に厚みのある布が敷かれ、今少女が眠っている。


異世界とはこうも違うのか…。
覚悟していたことではあったが、想像するのと目の当たりにするのとではやはり違った。


「そこー!後ろ二人ー!」

空汰の声と共に背後からドンと衝撃が襲った。

はとっさに爪を出し振り向いた。
黒鋼も立ち上がるとあたりを見渡した。

だがそこには壁があるだけだった。


何が起こったのかわからずに慌てる4人に、空汰はあっけらかんと言った。


「くだん、使たに決まってるやろ。」


この国にとって当たり前すぎる現象なのだろう。
そっかーと空汰はくだんについて説明し始めた。

くだんは「功断」と書くらしい。


「今、貴方達は戦う力を失っていますね。」
嵐が静かに言った。

彼女には霊力がそなわっていて、なにかを感じることができる。

ファイは次元の魔女に魔力の元を渡してしまったと言った。

だがはずっと彼から力を感じていた。
自分の国でも魔力と呼ばれるその力を。
にもその力が備わっているから、ファイに力があることが分かった。

なぜ彼がそのように嘘をついたのかはわからなかったが、はその場を見守ることにした。

黒鋼は刀を取られ戦えず、小狼はもともと持っていないと言った。


「貴方は…」
嵐がのほうへと目を向けた。

「貴方は力を失っていないようですが…、少し不安定な力のようですね。」


「……。」


は黙ってしまった。
霊力というのはそこまで見えてしまうものなのか。
いや、もしかしたらファイも気づいているかもしれない。

気づかれたからといってどうするわけでもないのだ。

「はい。」
短く返事をするに留まった。


「この世界には功断がいる。もし争いになっても功断がその手立てになる。」
嵐はみなに向き直るとそう言った。

功断がどのようなものかわからなかったが、この世界を生き抜くのに役に立つのだろうということは分かった。
力が使えなくなったとき、身を守る手段は必要だ。


「どうや、この世界にサクラちゃんの羽根はありそうか?」
空汰がモコナを覗き込むようにして言った。


「…ある。まだずっと遠いけど、この国にある。」


羽根がこの国にあるならばモコナは小狼が羽根を見つけるまで次の世界に行くことはないだろう。
は自分のするべきことを先にしておきたいと思った。
が探している人はこの国にいるのかどうかもわからないのだから。


もう12時をすぎているから寝ようと空汰が言った。

「ファイと黒鋼とは同室な。」
今いる部屋は小狼とサクラが使うため、後の3人は他の部屋で同室することになった。


ほな行くで、と背中をぐいぐいと押されて行った。


部屋に行くと空汰が寝具と服を貸してくれた。

、お前も着替えぇ。その上着、ちと汚いから寝かせられへん。」
ほれ、と手に持った服をずずいと満面の笑みで押し付ける。

「あのっ…申し訳ありませんが、これを脱ぐわけにはっ…」

「なんでや?なんか困んのか?」

でもそのままじゃなーと空汰は悩み始めた。
が空汰を困らせてしまって申し訳ないと思ったが、これを脱いでしまうわけにはいかないのだ。

「で、では、何か被る物を貸していただけますか?」

「わかった。んじゃー帽子でえぇか?」

あまりに焦った様子だったからだろうか、空汰は帽子を貸してくれた。

「…ありがとうございます。」


は帽子をかぶり、フードを外した。
きれいな白い髪が少しぼさぼさになって帽子に納まっていた。

くんの顔、やっと見れたね。」
「そやな!」
ファイと空汰ににこにこと見つめられ、気まずくなってしまった。

「…どうぞ、と呼んで下さい。敬称などいりません。」

は微笑みながら言われたことに驚愕した。

人間は往々にして横暴なものだと思っていたからだ。
人間と関わる時、名前を呼ばれることが稀であった。
それに加え、呼び捨てではないことはとても珍しい。


「まぁいいじゃない。オレがそう呼びたいんだからさ。」
ね?とファイが言った。



「じゃ、おやすみ!」
手を上げて空汰は出て行った。

「はぁい、おやすみなさーい」
「おう。」
「はい。おやすみなさいませ。」

三者三様な返事をして眠ることになった。

空汰は布団を川の字に敷いていった。

「どこで寝るー?」

「おれぁここを使わせてもらう。」
そう言うが早いか、黒鋼は右端の布団にもぐった。

くんはどうするー?」
「わ、私はどちらでも構いませんので…」
「そう?じゃ、オレはここね。」
じゃ電気消すよ?そう言って左端の布団に入った。


「……。」


明かりを消された部屋の中、は一人戸惑っていた。
ひとまず真ん中の布団にもぞもぞと入ってみるものの、
両側に人間の気配があることに警戒してしまい、眠れる訳はなかった。



「ふぅ…。」
そっとため息をつくと、そっと部屋を抜けだした。
どれだけ時間がたったのかはわからないが、まったく眠れなかったからだ。



とんっとんっとんっと軽快に飛ぶと、屋根に上った。

眼下には煌びやかにネオンが輝き、が見たことのない風景が広がっていた。
夜なのにこんなに明るい街があるのかと、自分の国との違いにここが異世界なのだということが身に沁みていった。


いつもはフードで隠していたので帽子をかぶることはなかった。
普段はかぶらない帽子が邪魔に感じて、帽子を脱いだ。

夜の涼しい風がの頬をなぜ、髪を揺らした。
髪の間でふさっとした三角の耳も揺られていた。


いつまでもこうして驚いているわけにはいかない。


すぅっと目を閉じ両手を広げる。
少し深呼吸をして力を込める。

自分を中心に輪を広げるように力を遠くまで及ばせる。


彼の気配は知っている。
この世界にいるのか…。


「ふっ…」

は眉をひそめ、より力を込めた。


力を広域に及ばせるのは大変な力が要る。


「くっ…」
歯を食いしばって、彼の人の気配を探すが、見つからなかった。


「っはぁ…はぁ…」
膝に手をつき息を整える。

「この世界には、いないのか……」

そんなにすぐに見つかるとは思っていないが、がっかりした。
心のどこかで期待していたのかもしれない。


帽子をかぶり直すとひっそりと部屋に戻った。


は一つ空いた布団を横目で見て、どうしたものがと思った。
人間に囲まれて眠ることはできない。

部屋の隅へ座ると片膝を立ててそっと、目を閉じた。








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<あとがき>
主人公の設定を小出しにしたり、かといって描写を削りすぎずという手加減が難しくて…。
もっと主人公を魅力的にしたいのだけど、まだできるほど主人公が小狼たちと仲良くなってないという…。
もうすこし、辛抱してお付き合いくださいね。