いつか鳥のように2





いつの間にか、泣き疲れて眠ってしまった。
おねえちゃんに抱きついたままだった。



ここに飼われて10年以上になる。
何歳の時連れてこられ、何年の時が経ったのか。
実際の年月を知るすべはなかった。

少年から青年へと変わるような歳になってきているのに、未だの身体は細く、背は子供のように低かった。また、彼の知性や心も幼いまま、育つことをやめてしまった。


粗末な食事、陽の当らない地下牢。

理不尽な暴力、強制される殺人。


人を殺すことになんの抵抗もなくなっていた。



しかしのいる牢におねえちゃんが来てから、それは変わった。

おねえちゃんが外の世界の常識を何度も話して聞かせたのだ。
人を殺すことも、それを強要されることも、こんな場所に閉じ込められていることも、全部おかしいのだと教えた。

幼い頃から訳も分からずこんな場所にいるにとって、それは信じがたいものだった。しかし、の世界で一番優しい存在であるおねえちゃんの言葉は、すぐにの中へと沁みていった。




おねえちゃんは能力者であるを味方につけ、ここを抜け出すつもりだった。
ただ利用しようと思っていただけだった。
に接するうち、生き別れた弟にを重ねたのか、人形のように心を失ったを放っておけなくなった。


いつしか、二人でこの地獄を抜け出そうと思うようになった。
牢屋番にばれないように、こっそりこの話をするのが楽しみだった。



外に行けば、ご飯をお腹いっぱい食べられる。
外に行けば、誰にも殴られない。
外に行けば、どこにだって行ける。

外に行けば。



外に行けば。



「外に行けば、あの鳥みたいになれる?」

おねえちゃんに寄りかかり抱かれたまま、二人で陽の差し込む先を見ていた。
おねえちゃんの手が何度もの髪を撫でる。

「そうね。は空を飛べるから、きっとなれるわ。」

でもね、とおねえちゃんは続けた。

「覚えておいて。この焼印を誰にも見せちゃだめよ。」

天竜人の奴隷である印。
人以下になった印。

おねえちゃんは自由の身だった頃、この印がついた人たちがどのように扱われてきたかを見た。知られたら、もう人には戻れない。



この場所から抜け出すことは絵空事かもしれない。
そんなことわかっていても、希望を持たずにはいられなかった。

希望を持っていたかった。




ガンガン!
ガンガン!


いつものように、牢屋番が柵を棍棒で叩きながら歩いてくる音がした。

「さっさと起きろ!メシだぞ!」

柵の隙間から硬くなったパンを放り込んでいく。
床に落ちようが、お構いなし。
奴隷たちはそれを薄汚れた手で受け止め、かぶりつく。



「よぉ。」



牢屋番がたちの牢の前で止まった。

「何こそこそ話してたんだ?あ?」

「い、いえ。何も……。」

「フンッ。まぁいい。メシだ。」

男はおねえちゃんに一つ、に二つパンを投げてよこした。

「昨日がんばったご褒美だ。残さず食えよ。ハハッ!」

そう言って男は向かいの壁に寄りかかり、が食べるのをニヤニヤと監視し始めた。



たったパン二つ。


しかし胃が小さくなったにはとても食べ切れる量ではなかった。

男はに嫌がらせをしているのだ。
取っておくことも許さず、分け与えることも許さず、が根を上げるのを今か今かと待っている。

はパンに手を伸ばした。
かじりつくが、硬くて引きちぎるのが大変だ。

もそもそとして、冷たくて、紙を食べているようだった。
おいしくもない。味も分からない。

は男の足元を見つめながら、もくもくと胃に押し込んだ。

一口、また一口と作業のように詰め込む。
しかし二つ目に差し掛かった頃にはもう満腹になってしまった。

パンをかじる速度は落ち、飲み込むのも辛くなってくる。

「おいおい、どうしたんだ?いらないなら明日からの飯は減らすぞ?」

男が厭らしく言う。

もう腹がいっぱいで、喉にまで詰め込んでいる気がする。
でも、これ以上減るのは困る。


もう、苦しいっ……。


「っ……、うぅっ…」

は口に押し込んだものの飲み込めずにいたパンを無理矢理飲み込んだ。
俯いて口を押さえ、出てこないようにする。

「お、吐くか?吐いてもいいぞ?全部食わせるけどな!」

男は嬉々として、が苦しむ様を見ていた。

「ハァッ……、んぅ、ンぐっ……」



いやだ。
吐きたくない。
でも苦しい。
でも、いやだ。


どうしてこんなこと…。


苦しさと悔しさとで涙がにじんだ。

どうにか二つ目のパンを食べ終わった。

「なんだ、つまんねぇな。」

男の興味は冷め、さっさと帰って行った。



!大丈夫?!」

おねえちゃんが近寄ってきて、の背中をさすった。
は俯いたまま、それを受け入れることしかできなかった。

落ち着いてきた頃、ようやく口を開いた。

「……もう、大丈夫。」

「本当?」

「うん……、大丈夫。」

おねえちゃんはまだ心配そうにの顔を覗き込んでいた。
はうつむいていた顔を上げて、小さな窓から外を見た。

「ねぇ、おねえちゃん。」

「なに?」

「いつ外に出れるかな。」

「……わからないわ。でも…」

「でも?」

「いつか、必ず外に出るわよ。」

おねえちゃんの目はとても力強かった。
外に出る方法なんて全然思い浮かばないけど。
いつ叶えられるかもわからないけど。

ちょっと、信じてみたいな。



「……うん。」



そう小さく返事をした。





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<あとがき>
主人公の奴隷生活を描いておきたくて、色々ひどい事をしております。後からちゃんと活かせるはずなので。しかし、ゲスだなぁ。ひどいわ。次から物語が動いていきます。次の次には赤髪の面々が出てくると思うので、もうしばらくお付き合いください。