いつか鳥のように3





波は穏やかで、空は晴れ渡っていた。昨日の嵐が雲も何もかも吹き飛ばしてしまったようだった。昨日の嵐の傷跡が残る船内は騒がしかった。船の修復、清掃に船員総出で当たっていた。男たちの雄々しい声は船室にも聞えていた。外の音を聞きながら、副船長、ベン・ベックマンは冷静に口を開いた。

「お頭。船内の状況の報告が集まってきているが、やはりこのまま航海を続けるのは難しいかもしれない。」

「そうか。そんなに船はやられちまったのか?」

「いや。それよりも物資が足りない。船の補修の材料は波にさらわれちまった。食料も水浸しだ。」

「そりゃ困ったな。次の島までの距離は?」

赤髪のシャンクスは同席する航海士に訪ねた。
航海士は海図上に描かれた大陸の海岸線にある港町を指差した。

「次に寄港予定だった島にはまだ遠いが、途中に街があります。」

「船もこのままではいずれ持たなくなる。一度しっかり立て直すべきだと思うが、いいか?シャンクス。」

「ああ。無理に進むこともないしな!それに酒がなけりゃ航海はつまらない。」

シャンクスはにんまりと笑って、よし!とその一本になった手で太ももを叩くと、作業の手伝いをしに甲板へ出て行った。

「さぁ、俺もやるぞー!」

「おぉ!お頭ぁー!!」

甲板はよりいっそう騒がしくなった。





太陽の赤い光が海に飲み込まれつつある頃、シャンクスたちの船は港についた。

ベックマンは船員にそれぞれ物資の調達、宿の確保、船の修理や見張り番などを割り振った。それぞれの役割をこなしさえすればあとは自由にしていいと指示を出して、自分も船をおりた。酒によって羽目をはずすことはあっても、赤髪海賊団として恥ずべき行為をするやつはいない。命令で縛る必要はない。

街はそれほど大きくはないものの、活気に満ちていた。

ベックマンがいくつかの用事を済ませていると、すっかりあたりは暗くなり、街は夜の気配に包まれていた。本屋や肉屋などが店じまいをするのにかわって、料理屋や酒場がきらびやかな灯りを放つ。

大通りを歩いているとある酒場の横を通った。わいわいガヤガヤと騒がしい音が漏れ聞え、どっと沸きたつ声に中を覗くと、シャンクスがいた。

どこにいても目立つ奴だとベックマンは思った。

中に入り、その騒ぎの中心へと歩みを進めて何も言わずその隣に腰をおろした。

「おぉ!ベック、遅かったな。」

シャンクスは酔っぱらっていて、ベックマンの肩をバシバシと力任せに叩いた。冗談を言ってはギャハギャハと豪快に笑っている。まったく、毎度のことながらと思いながら苦笑いをするとタバコに火を付け、ようやく一息ついた。

「にいちゃん、アンタもビールでいいかい?」

「ああ、頼む。」

恰幅のいい少し強面の店主はベックマンの注文を聞くとすぐに大きなジョッキを目の前に置いた。

「アンタのとこのお頭、赤髪だろう?今日は二人も有名人が来て街は大騒ぎだ。」

「二人?他にも海賊が?」

「いやいや、海賊と一緒にするなんて恐れ多い方だ。天竜人が来たんだよ。」

ベックマンはぐいっとビールを流し込むと聞き返した。

「言っちゃ悪いが、この街はそんなに……」

「そうだな。有名でもねぇし、大きくもない。アンタらと一緒さ、嵐だよ。」

店主の話では、昨日の嵐で天竜人の船が大破し、非常用の小舟でこの街に辿りついたようだった。初めての天竜人の来訪に街中は大騒ぎ。すぐに救助に向かい、今は街一番の名家がおもてなししているのだと言う。

「へぇ、そいつぁ大変だな。」

「ああ。だが話はまだ続きがあってな。」

そういって店主が机の上に広げたのは一枚の手配書だった。新聞に挟まれていて誰もが目にするそれらは、ベックマンたちもよく覚えているものだった。新しい奴らがどんどん出てくる中で、敵になる可能性のある奴らを知っておくのも必要なことだった。しかしその手配書は初めてみるものだった。

その手配書は写真ではなく似顔絵だった。少年と青年ともつかない年の男が描かれていて、目はよどみ、髪はぼさぼさで身体は枝のように細かった。左肩にタトゥーのようなものがあり、みすぼらしい格好をしていると特徴が書き添えられている。金額は1000万ベリー。そして”DEAD or ALIVE”の文字。

「こんな子供に懸賞金が?」

「それも不思議なところなんだがな、もっと不思議なことに、こいつはあの天竜人が来てすぐ回ってきたんだ。この街周辺に潜んでるんじゃないかってな。」

この子供がどんな悪事を働いてこうなったのかは知らないが、1000万ベリーという金額に踊らされた街の人々は、簡単に捕まえられそうなこの子供を放ってはおかないだろう。ベックマンはそう推測した。

「その天竜人が関係しているのか?」

「それは誰にもわからない…が、そんな噂は流れてきてる。」

まぁ、俺達には関係のないことだろうと、ベックマンは気に留めなかった。

「ベック!ベック!!こっちに来て飲めよ!」

隣にいたはずのシャンクスが向こうから呼んでいた。

「おもしろい話をどうも。」

「いんや。引き止めて悪かった。金を使いきるまで飲んでってくれ。」

そう言って豪快に笑う店主に手をあげて挨拶をすると、シャンクスの所へ向かっていった。仲間と飲む酒はいつでも最高の味だ。





翌日、赤髪海賊団の面々は二日酔いに悩まされるものも、そうでないものも皆、それぞれの仕事をこなし、また夜になれば酒を飲んだ。

昨日も歩いた道を通って、同じ酒場を目指した。しかしその途中でも、また昼間物資を集めて歩いていた時にも、海軍をよく見かけた。明らかに昨日より多い。目的は自分たちではないということは、あの手配書の子供だろう。

あんな子供一人に海軍が動くとは。
ますます不可解だった。





プロの船乗りたちの手にかかれば嵐の傷はすぐに治り、明くる日にはもう出港することになった。申し分ない天気に、酒もしっかりと補給して生き生きとした海賊たちは意気揚々と出港していった。目指すは、本来の目的地であった島である。


海に出てしばらくたった頃だった。
船員がわらわらと集まって、空を見上げていた。

「おー、どうしたんだ?」

シャンクス近寄ると、ちょうど双眼鏡をのぞいていたヤソップが答えた。

「お頭、アレなんですがね。何か飛んでるんですよ。」

ヤソップが指さす先には、何やら灰色の塊が飛んでいた。鳥とは似ても似つかない形をしているが、なんだかいまいちわからない。しかし今にも落ちてきそうな様子だった。右に左にふらふらとして、時々がくっと高度を落としては持ち直すということを繰り返していた。

「ヤソップ、貸してくれ。」

後ろから付いて来ていたベックマンが双眼鏡を覗いた。
ハッとベックマンは息をのんだ。

「おい、どうし――」

「あれは人間だ……!」

ドボン!

急に大きな音がして皆が注目した。飛んでいた人間が海に落ちてしまったのだ。

「おい、落ちたぞ?!」

皆が口々に騒ぎ、身を乗り出して海を覗いた。一向に浮かび上がってくる気配はなく、このままでは死んでしまう。ベックマンは助けるべきかどうか、瞬時に判断できなかった。この船の脅威となる可能性はゼロではなかったからだ。

しかしシャンクスは違った。

「小舟を出せ!助けるぞ!」

そう言い放った。

そう決まれば、海賊たちの動きは速かった。括り付けられた小舟を水面におろし、二人の船員が乗り込んで落ちた地点へと漕ぎだす。一人はすぐさま小舟から海へと飛び込み潜水して、その人間を屈強な腕で引き揚げた。

小舟も回収され、その人間を甲板へと横たわらせた。
びしょびしょに濡れた小汚い服と髪がべったりと張り付いていた。船医が駆けつけ、すぐに介抱を始める。

「なんだぁ?子供じゃねぇか。」

ベックマンは遠巻きに見ていたが、その言葉が引っかかった。

子供?まさかな……。

そう思いながらも近寄ってたしかめた。

少年と青年ともつかない年の男……
髪はぼさぼさで身体は枝のように細い……
みすぼらしい格好……

そして――

ベックマンは船医の手を遮って、服を無理矢理引っ張った。

「ちょ、ちょっと副船長?!」

左肩にタトゥー……

「あの子供か……?」

その人間はあの手配書の子供だった。





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<あとがき>
シャンクスたちの視点から物語を進めてみました。主人公はどうしてあんなところにいたんでしょうね。それを次で書こうと思ってます。原作をザンプで読んだのを思い出しながら書いているのでベックマンたちの口調がとても不安ですが…。あとでちゃんと資料(漫画)を買おうと思います。