作意の螺旋6






私がすべての真実を知っていたら、私の行動は変わったのだろうか。










小狼は次々と飛んでくる大量の水を炎の壁で受け止めた。
あたりに立ちこめる水蒸気のもやの中、水を操る青年は浅黄笙悟と名乗った。

「おまえ、気に入った」と言い残し、彼は警察に追われて去って行った。騒ぎはようやく治まった。

小狼と少年を守った炎はシュルンと小狼の中に吸い込まれていった。

あれが功断か……。
魔力にも似ている。きっと自分にも何かが宿っているのだろう。



「怪我、ないですか?!」

小狼はかばった二人の少年を振りかえった。双子のように似た顔の彼らは無事だった。小狼たちにお礼を言っていると、一人がしゅるんと消えてしまった。

「消えた?!」

皆が驚愕した。彼は功断だったのだ。
小狼たちは功断がどんな形でもあり得るということに驚いた。だからモコナも自然な姿でいられたのか。

そのモコナは騒ぎの最中、めきょっとなっていたと言った。つまりサクラの羽根が近くにあったということだ。の探し人はこの国にはいなかったが、小狼の探し物の羽根はあった。

最初から見つかるなんて、運がいい……。
彼がここにいないことは昨夜わかったし、できる範囲で何か手伝おう。

はあまり変わらない年齢に見える小狼が一生懸命な姿に心を動かされていた。そして辛い道を選びながら、それに負けまいとする強さに憧れた。にはまだこの使命を果たせるか不安があったからだ。





さっき小狼が助けた少年は斎藤正義といった。

彼はお礼に「お好み焼き」という阪神共和国の有名な料理を食べに連れて行ってくれた。功断の階級のことを教えてくれた。小狼の功断は一番強い特級で、心が強い者にしか宿らないということもわかった。
おいしい食事の後、正義が小狼の羽根探しを手伝ってくれることになった。

「家に電話します!ちょっと待っててくださいねー!」

正義はそういってどこかへ走って行ってしまった。
それを待つ間、小狼が見たという夢の話をした。さっきの炎の獣の夢を見たらしい。

「妙な獣の夢なら俺も見たぞ。」

「オレも見たなー。なんか話しかけられたよー。」

くんは?とファイが聞いた。

が見た夢と言えば、獣ではなく巨木の夢だった。
それと関係あるのだろうか?

「私が見たのは獣ではなく、大きな樹の――」



「『シャオラン』ってのは誰だ?!」



大きな声が聞こえて振り向くと、でっぷりと太ったツンツン頭の男が、同じような格好の男たちを何人もつれて、こちらを厳しい顔で睨みつけていた。小狼が静かに前へ出ると、チームリーダーは小狼に食ってかかった。小狼の功断の強さを聞き付けたらしい。

「もし笙悟のチームに入るつもりなら容赦しないぞ!!」

「入りません。」

「だったらうちのチームに入れ!」

「入りません。」

小狼はきっぱりと言った。小狼は羽根を探さなくてはいけないのだから、こんなところでチームの縄張り争いに参加している暇はない。しかし相手は何を勘違いしたのか、小狼が新しいチームを作るつもりだと思い込んだ。するとリーダーは激昂して襲いかかってきた。

「今のうちにぶっ潰しとく!!」

突如大きな功断が目の前に現れた。たちの目の前にいくつもの大きな棘に覆われ、しずく型をして細長い尾のついた甲殻類を思わせる。功断の大きさといい、底知れない強さといい、は自国の周囲の森に住む魔獣に似ていると思った。

ブォンと長い尾を振りまわし小狼に襲いかかる。小狼に避けられた尾はガガガガッと壁を削った。

人々は逃げまどい、大騒ぎになった。じりじりと緊張が走る。



「ちょっと退屈してたんだよ。俺が相手してやらぁ」



黒鋼がその緊張を破った。不敵な笑みを浮かべ前へ進んでいく。しかし彼は今なんの武器も持っていない。

そこにいた誰もが無謀だと思っただろう。

黒鋼は次元の魔女に持っていた刀を対価として渡してしまっている。彼の国で魔物を倒すために使っていた武器だが、功断は魔物じゃないから平気だと特に気にしていないようだった。

魔物という言葉がの心に引っかかった。

黒鋼さんの国には『魔物』がいたのか?
魔獣と似たようなものかな。我が国の魔獣対策はまだ充分ではない。なにか良い方法を知っているかもしれない。

「くらえ!おれの一級功断の攻撃を!!」

ブオン!

長い尾をぶんぶんと振り回し、建物ごと黒鋼を攻撃する。
ひゅんひゅんと鳴く刃物のような尾を黒鋼はひょいひょいとかわした。

すごい……!
あの速さの攻撃をあっさり避けるなんて!

ぎりぎりすれすれのところで尻尾を避ける黒鋼に小狼はハラハラとしていた。

「危ない!」

思わず加勢に飛び出しかけた小狼の肩をファイがつかみ、押し留めた。
「手出すと怒ると思うよー、黒たんは。」

しかし次の瞬間、壁や柱の瓦礫と共に黒鋼は吹っ飛ばされた。
黒鋼の上に容赦なく瓦礫が降り注ごうとしている。

「ッ……!」

は息をのみ、バッと手を伸ばした。
どこからかズアァっとしなやかな枝が伸び、シュルシュルと網を形取ると、寸でのところで瓦礫を受け止めた。ギシ、ギシと重さに枝が軋む音がする。

「ああ?」

黒鋼は降ってくる筈の衝撃がいつまでも訪れず、受身の格好をほどき顔をあげた。

「てめっ!余計なことすんな!」

黒鋼はキッとをにらみつけ、ぎゃあぎゃあと喚いた。せっかく得た闘いの場を邪魔されたのが気に食わないようだ。

「え……?あ、あれ?!」

は自身の腕から幾重にも伸びる枝に、やっと気付いたようだった。目を白黒とさせて驚いた。

「それが君の功断、かな?」

ファイが言った。

「これが、功断……。」

自身は功断を使ったことに全く気付いていなかった。ただとっさに手が出ただけだった。目の前の光景にただただ驚いて茫然としていると、敵のリーダーが今度はに向かってきた。

「お前も俺のチームを邪魔するのか!!」

リーダーの功断の鋭い尻尾が瓦礫を支えていたの功断を切りつけた。

「いッ…た」

功断が切られた途端、の腕にも一筋の切り傷が走った。
切られたほころびから瓦礫がぼろぼろとこぼれ落ちた。黒鋼は瓦礫を避けるように飛び退いた。

リーダーは、今度は本人に向かってきた。
その鋭い尾を止めようとまた枝を伸ばした。
しかしその先端を切られてしまった。

「ッ…!」

の腕にまた傷ができ、は痛みに眉をひそめた。

さんッ!」

小狼が心配そうな声をあげた。

次こそは、とは鋭くない体の方に枝をぎゅうぎゅうと撒き付け、その素早い動きを封じた。

の両腕からは何本もの枝が伸び、一方は瓦礫を支え、もう一方は暴れるリーダーの功断をどうにか押さえつけていた。

黒鋼がしびれを切らしたように声をかけた。

「おい!もういいから、お前は手を出すな。」

「は、はい。申し訳、ありません……。」

は黒鋼が瓦礫の下からどいた事に気付き、急いで功断を自分の中にしまった。ガラガラと音をたてて瓦礫が崩れ落ちた。リーダーの功断もまた解き放たれ、黒鋼と対峙している。

「そんな大口叩いて、功断はどうした!見せられないような弱いヤツなのか?!」

「ぎゃあぎゃあうるせぇんだよ。あー、刀がありゃてっとり早く……」

黒鋼がそうこぼすと、ズズズズと背後に大きな水の龍が現れた。

「なに?!おまえ、夢の中に出て来た……」

龍はザァアアと音を立てながら、黒鋼の目の前で一振りの剣へと姿を変えた。

「使えってか?」

黒鋼はニヤリと不適な笑みを浮かべ、待ってましたとばかりにその剣を手に取った。

「どうせ見かけ倒しだろ!こっちは必殺技だぞ!蟹喰砲台!!」

リーダーの功断は全身から鋭く長い棘を出し、一直線に黒鋼を襲った。

「どれだけ硬かろうが、カニには継ぎ目があんだよ。」

黒鋼は敵を冷静に見極めると、その継ぎ目に太刀をぶち込んだ。

「破魔・竜王刃。」

功断がもろに攻撃を受け、功断の主であるリーダーはぐああああ!!とうめき声をあげて倒れた。

「もうチーム作ってんじゃねぇか。おまえ『シャオラン』のチームなんだろ!」

リーダーは負け惜しみのように言った。
しかし黒鋼はそれに有無を言わさない強い眼差しで答えた。



「俺ぁ生涯ただ一人にしか仕えねぇ。知世姫にしかな。」





正義と別れ、小狼たちは帰路についた。
空汰の家につき、功断とサクラの羽根について話した。

サクラの羽根は現れたり、消えたりするもの、つまり功断の中にあるのではないか。そしてそれは強い心を持つ者の強い功断の中にあるはずだ。

とりあえず強い功断がついている相手を探すということ。これが空汰たちと話して至った結論だった。



「そうと決まったら、とりあえず腹ごしらえといこか!」

空汰が元気よく立ち上がり言った。
ファイと黒鋼とは手伝いに呼ばれ、小狼はサクラを見守っていた。黒鋼は文句を言っていたがしぶしぶ後からついて行った。

「黒鋼さん、さん、こちらへ。治療しましょう。」

キッチンに立つ空汰とファイの後のテーブルに嵐が二人を座らせた。
黒鋼はこんなのかすり傷だと拒否したが、嵐の強い意志には逆らえなかった。

「あ、あの、黒鋼さん。先ほどは闘いの邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした。」

は嵐の治療を受けながら、先に治療を終えた黒鋼に頭を下げた。
黒鋼を怒らせてしまったことが気がかりだったのだ。

「あぁ、そのことか。もういい。」

黒鋼はぶっきらぼうに答えた。はまだ怒っているのだと思い萎縮した。

「もう怒ってねぇよ。怒ることでもねぇ。だが二度とするな。俺の闘いは俺がする。」

「はい。申し訳ありませんでした。」

はほっとした。自分の失態で人に迷惑をかけるのはしてはいけないことだったし、これから一緒に旅をする人とのいざこざも避けたかった。

「お聞きしたいことが、あるのですが……」

は黒鋼が闘いの最中にこぼした言葉が気になっていた。『魔物』のことだ。の国にいた『魔獣』と似ているのか、どう戦うのか、聞いてみたかった。

「黒鋼さんの世界にいた魔物というのは、どのようなものですか?」

「どうしてそんなことを聞く?」

「私の国にも魔獣というものがおりました。私は皇宮での宮遣えと魔獣の討伐の命を受けておりましたので、気になって……。」

「そうか。……魔物は人を襲う。人を食い、全てを破壊する。巫女が術で結界を張り侵入をふせげるが、刀や弓で倒すしかない。」

「そうですか……。聞かせてくださってありがとうございました。」

は黒鋼からそれ以上深く話すつもりはないという気配を察して、その話題をやめた。何か話したくない事情があるかもしれないと思った。

いつの間にか嵐の治療は終わっていた。
は嵐にも丁寧にお礼を言うと、キッチンに立つ二人を手伝った。




明日もまた羽根探し。無事に見つかるといいのだが。
その日もまた、は壁に寄りかかって眠った。








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<あとがき>
やっと6話書けました!アンケートを押してくださる方もいらっしゃって、書かなきゃと思っていたのですが、原作沿いって難しくて…。なんとか進められました。主人公の設定を少しずつ出していけたらなと思っています。あとは耳の事をはやくみんなにばらしたいですね。ゆっくり更新になると思いますが、どうぞ気長にお付き合いくださいませ。主人公の功断はCCさくらのウッドのカードを使った時のイメージです。