『遠坂家使用人の日記』



○月△日 王との出会い


 いよいよ聖杯戦争がはじまった。
時臣様にお仕えして12年、やっと役割を果たす時が来た。
私<わたくし>以外の使用人はみな暇を出され、先ほど屋敷を後にした。

 これまで厳しく仕事を教えてくださった執事長、苦楽を共にした他の使用人たちとの別れは寂しいが、すべては時臣様のため。6歳で一人になった私を育て、生きていく術を教え、仕事まで与えてくださった時臣様の役に立てる名誉に比べれば、そんな寂しさなど取るに足らないもの。

 現在、この遠坂のお屋敷の中には時臣様しかいらっしゃらない。時々、言峰綺礼様、綺礼様のお父様である言峰璃正様がいらっしゃる他には、誰も尋ねては来ない。

いや、あの方がいらっしゃった。

無視できないほどの存在感。英雄王、ギルガメッシュ様。

この方々のお世話をこれからは一人でしなくてはならない。
時臣様が心おきなく戦えるよう、がんばらなくては。

明日も早い。もう寝ないと。





○月□日 王のご様子


 お食事の用意、ベッドや風呂の支度、お洋服の洗濯、掃除。奥様とお嬢様、そして他の使用人がいなくなった分、人が減って仕事量は減ったものの、それをこなす人数も減ってしまった今、なかなかの仕事量になった。

 2、3日は慣れなかったものの、きちんとできるようになってきたと思う。執事長が残していってくださった時臣様に関する手帳は、とても役に立っている。時臣様のコーヒーのお好み、シャツやタイの選び方など、事細かに書かれている。

 この手帳のおかげで、時臣様に感謝されることはなくとも、お小言をいただくような事にはなっていない。

 困ったのはギルガメッシュ様である。時臣様が王として、敬意を持って接していらっしゃるのだから、時臣様の使用人である私がさらに敬意を表し、接するのは当然のこと。しかし、時臣様のように長くお仕えしているわけでもないから、まだお好みや調子がつかめない。

 さらにいうなれば、時臣様よりもずっとお好きなように行動される御方のよう。時臣様も困っていらっしゃった。

そんな失礼なことを思ってはいけないな。
あの方は英雄王。王なのだから。





○月×日 王とお散歩


 ギルガメッシュ様が時臣様のサーヴァントとして現れてから数日が過ぎた。ギルガメッシュ様は現代の世界に興味をもっていらっしゃるらしく、何度もお屋敷を出て外を歩き回っているそう。

 今朝も洗濯物を干しに庭に出たら、ちょうどお出かけになるところだった。広い屋敷でわざわざこの裏にある庭から出入りするとは。まさに王様が家臣に隠れてお忍びで出掛けるよう。

 いってらっしゃいませ、とお声をかけたところ、ギルガメッシュ様は「お前も来い。」と急におっしゃった。現代の様々なものについて聞きたいことがたくさんあるったそうだが、時臣様はお忙しそうだからと、私をお誘いになった。

早く、と急かすものだから、時臣様に許可をとる間もなかった。
いつもは姿を消す能力を使って外を見て回っているそうだが、今回は自分で歩いてみたくなったそうだ。

 外でもギルガメッシュ様を英雄王とお呼びするのは不自然だと思った。なので、ギル様、もしくはギルさんと呼ばせてほしいと申し出たところ、「現世ではそれが普通なのか。よかろう!それもまた一興。」とおっしゃって快諾してくださった。現代に潜んでいるのが楽しくて仕方がないといったご様子だった。

 あちらこちらを歩きまわり、何かを見つけてはそちらに釣られていく王について行くのは大変だった。しかし、最近はお屋敷から出ていなかったから、外に出られたのはうれしかった。

 古からの王であらせられるギルガメッシュ様のお役に立てたことは、この上ない名誉であり喜びだった。いや、ただあの御方の意外な姿を見られたのがうれしかったのかもしれない。

 お屋敷に戻って自分の仕事に戻ろうとした時、王が私の名前を聞いてくださった。私の名前を申し上げたところ、「では雑種、お前をと呼ぶことにしよう。」とおっしゃった。ただの使用人である私のをおぼえてくださるとは。ギルガメッシュ様が王として人々の心を掴んできたのはこういうところにあるのかもしれない。





○月△○日 王とスフレ


 朝食にクロワッサン、温野菜のサラダ、オムレツ、蒸し鶏のスライスに特製ソースを準備した。機械を嫌う時臣様の教え通り、全て手作りで。クロワッサンの仕込みは時間がかかった。もっと精進せねばと思う。

 ちょうど卵を焼いていた時だった。ギルガメッシュ様が調理場をのぞきにいらっしゃった。私の手元を覗いて、いつの世もやることは変わらないのだなとおっしゃった。私は、時臣様の意向にそってこのようなやり方をしていて、他の家ではもっと便利な機械がたくさんあるのだとお伝えした。

 王は、ふーんとつまらなそうに返事をなさると、「うまそうだな」とおっしゃった。サーヴァントは食事の必要がないと聞いていたので用意はしていなかったのだが、何か用意しようかと提案した。「我は食わぬでもよいのだ。雑種共の食いものが我の口に合うとも思わん。」とおっしゃった。

 そうは言っていても、うまそうだなとこぼしたのを聞いているし、食べなくていい事と食べたくないのは別の事だと、私は思った。何かご用意して差し上げたく思った。

 時臣様とギルガメッシュ様が長いテーブルにおかけになっていて、私は王であるギルガメッシュ様のために用意したものを運んだ。

 卵を泡だて器できめ細かく泡立てフライパン焼いたスフレオムレツ。簡単なその料理を見て王は眉をひそめたが、私は構わずはちみつとメープルシロップを置いた。表面は狐色に綺麗に焼けたし、フライパンから皿に盛り付ける時も上手にパタリと半分に折って盛り付けられた。半月の形になって、中もふわふわに仕上がっていたはず。

 私が時臣様の朝食をサーブしている間も、王は訝しげに皿を眺めていらっしゃった。このようなものが王のお口に合わないかもしれませんが、何かの暇つぶしになればと思いご用意いたしましたと申し上げたら、やっとナイフとフォークを手にとられた。

 少しパリっとした表面にナイフをたて切り込みを入れると、すぐに下まで刃が通るようなやわらかさ、あたりに広がる卵のやさしい香りに王の表情が明るく輝いていった。ふわふわとした食感を気に入っていただけたようだ。

 王に喜んでいただけたのがうれしくて、こんなに長い日記を書いてしまった。
さて早く寝なくては。

明日も同じものを作れと言われてしまったので。





○月△□日 王とお昼寝


 ギルガメッシュ様がお屋敷に留まっていてくださらないことが、時臣様の悩みの種であったようでした。しかし最近、朝食の時間には必ず同じ席につくようになって助かると、時臣様に褒めの言葉をいただいた。家事しか出来ない私でも、時臣様のお役に立てるとは。

 とてもすがすがしい気分で洗濯物を干しに出ると、庭にある木の下で王が眠っていた。芝生の上、気持ちのいい木陰であれば何も心配ないと思うが、一応ブランケットを持って行った。

 そうっとブランケットをかけると、王が目を開けて此方を見ていた。起こしてしまって申し訳ありませんと申し上げたら、「主人に褒められてうれしそうだな」とおっしゃった。突然のことで驚いたが、時臣様のもとで働けて幸せですからと返した。

 王は「ただ利用されて終わるとしてもか?」とおっしゃった。私にはその言葉の真意がわからない。わかったとしても、何が変わるというのだろう。私は時臣様にお仕えし、時臣様に利用していただくのが運命<さだめ>だと思っている。

 そうでございますとお返事したところ、「貴様もつまらぬ。ここにはつまらぬ雑種しかおらぬ。」そう言って寝がえりをうち、また目を閉じた。

 「まぁ、あいつよりはマシか。」そう言うや否や、私の腕をひっぱった。私は王の横に寝転んでしまった。そして「我を見下ろすとは、頭が高いぞ。罰として我に付き合え。」そう言って眠ってしまわれた。  私はどうしたらいいかわからずに焦った。手も離してもらえないし、かといって一緒に眠るわけにもいかない。仕方がなく、しばらくの間ぼうっとして過ごすことにした。

忙しい中にあって、久しぶりに落ち着けた気がした。
初めてゆっくりと王の顔を見た気がする。
金色の髪がサラサラと風に吹かれていた。
まつ毛までもが金色だった。こんなに美しい色を持つ人を初めて見た。

今でも目をつぶればその光景を思い出せる。

またお昼寝にさそっていただけるだろうか。





○月△×日 王と…


 ギルガメッシュ様が現れてから、この日誌もそのことばかりになっている。時に仕事が滞ってしまうこともあるが、王に振り回されるのは今までにない経験だ。

 今このお屋敷の中で頂点に君臨する王の命令なので、時臣様も私の仕事が遅れていても目をつぶっていてくださる。私も遅れを取り戻すようより一層働くよう心がけてはいるが、やはり時臣様には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

それでも、また……





「おい、何をしている。」

「ギルガメッシュ様…!なぜこのような所に。」

は驚いて振り返った。
いつの間にかギルガメッシュが後ろに立っていた。

「何かご用命でしょうか。ここはあなた様がいらっしゃるような場所ではございません。どうぞお戻りください。」

使用人の部屋なんぞに王がいていいはずがない。
はギルガメッシュを扉まで誘った。


「我がどこにいようと良いではないか。それより、今宵は珍しく星が良く見える。付き合え。」

「私でよろしいのですか?時臣様の方が……」

「あいつはつまらぬ。くだらない御託を並べてごまかすからな。」


そう言いながらもギルガメッシュはどんどん屋上へと向かって行った。
はついて行くしかなかった。


「なんでもいい。ついてこい。」

「……かしこまりました。」

は残りの仕事を放り出してギルガメッシュに付き合うことになった。

屋上に着くなり座りこんだギルガメッシュの少し後ろに立つ。

夜空には本当に珍しく星が多かった。
冷たく透き通った空気の中、ギルガメッシュは満足気に星を眺め、あれこれと話し始めた。

世界を手中に収めるという王にとって、この星空でさえも王のもの。
あの星はなんだ、この星はどうだと、星や星座について語る口ぶりは確かなもので、隠された教養の深さを感じさせるものだった。

はただそれに相槌を打ちながら聞いていた。
どれだけそこにいたかはわからないが、退屈することはなかった。


部屋に戻り、は日誌の続きを書き始める。




それでも、また……




 それでも、またついて行ってしまうのは、仕事があるからとお断りできないのは、やはり自分も楽しいからだろう。仕事が増え私の生活は以前よりも大変になったが、以前よりも楽しんでいると思う。

明日の朝食には何をご用意しよう。
また喜んでいただけるものをご用意しなくては。



は静かに日記を閉じた。


<あとがき>
フォロワーさんのお誕生日に遭遇したため、何かしたいと思い書かせてくださいとお願いし、リクエストをいただきました。何とか書けましたが、あんまり知らないジャンルで書いたので偽物にはなるかと思いますが、気持ちが伝わればと思います。

ウィキと小説1巻無料で読めるやつを参考にして書きましたが、その知識を元にここまでは妄想が膨らみました。
<妄想> 最初は時臣の擦りこみによって何も疑問を持たずにすごしていた。裏切ることもしらず、ただ信じて従い続ける。ギルガメッシュは時臣が主人公を聖杯戦争の時のために必要だから助け、親鳥の擦りこみのようにしつけたことに気付いている。ギルガメッシュにそれでもいいのか?と言われ、最初はいいんですと言っていたけど、聖杯戦争の情勢が変わり、ギルガメッシュが時臣を裏切ったりするうちにわからなくなって、最終的にはギルガメッシュについていく。ギルは結局主人公も自分のものにしたかっただけ。とか?<妄想おわり>
時臣氏が戦争が始まった時に、使用人も全て暇を出したと書いてあったところから妄想しました。情報漏洩を防ぐのが目的だと思ったのだけど、それなら絶対に裏切らない使用人を一人くらい作り上げるくらいしそうだと思ったのでこんな主人公に。