できそこない天使1


Then, where will you go with your wings?



イギリスのある場所、ある崖の上
広く鬱蒼とした森の中に、さらに鬱蒼とした城が建っていた。


その城の廊下に灯りは少なく、薄暗い。
所々、松明とランタンの赤い光がぼんやりと灯っている。

アレンはその灯りの中を走っていた。

「ハァッ…ハァッ…」

赤いものが口を伝うのも気にせず、拳をぐっと握った。

「クソッ…なんでっ…」











「いつも!食事中に!呼ぶんだー!!」











アレンはオムライスのケチャップをぐいっと拭うと、室長室をノックした。

「はいりますよー?」

そろぉっとドアを開けると、書類が散乱した部屋に化学班班長リーバー・ウェンハム、エクソシストでブックマンJr.のラビと室長のコムイ・リーがいた。

「おぉ、アレン。急に悪いな。」

「ホントですよ。コムイさん寝てるし…。」

リーバーが申し訳なさそうにしている横で、コムイは机に突っ伏して眠っていた。

今起こすから、と言ってリーバーはコムイの耳元に口を寄せた。

「室長、リナリーが結婚しちゃうってー…」




ガバッ!




「リナリィィー!!おにいちゃんを置いていかないでくれぇぇー!」

やっと起きたか。
リナリーのネタでしか起きないということに、みながあきれていた。


「オホン。急に呼んですまなかったね。」
コムイが姿勢を正しながら言った。

「で?任務なんさ?」

「あぁ。今回はここへ行ってもらうよ。」

リーバー君、資料を、と促す。
アレンとラビは資料に目を通し始める。




「ランバー村?」














ランバー村は一方を湖、三方を森に囲まれた村だ。

山の向こうにまで行かないと隣の街が見えない程、あたりには森しかなく、その深い森では良い木が育っていた。この村は林業を効率的に行うために作られた村で、住人の多くが木こりや木材の加工業を営んでいる。広大な森から採った木を湖から船で運搬し、湖の向こうの街へと卸していた。

大きな湖の湖面は穏やかで、先ほど出発した街の影はもう小さくなっていた。


ポーッ!ポーッ!


蒸気船の煙突が煙を吐いて、到着を知らせた。
アレンとラビは船の二階の外側の廊下で柵から身を乗り出し、小さな村を見た。
一日に2往復しかしないこの船は、湖向こうの大きな街にとっても、この村にとっても大事なライフラインだった。

船が岸に着くと橋がかけられ、人々は船をおりていった。
再会を喜ぶ者、商品を積み込む者、家路を急ぐ者。
さまざまな人がいたが、彼らは皆共通して、どこか暗い顔をしていた。



「んんー!やっと着きましたね!ランバー村!」

「遠かったさー…。」


アレンは縮んだ身体をぐいーっと伸ばし、ラビは固まった身体をぐるぐる回してほぐした。

汽車に乗り、寝台車に揺られ、また汽車に乗り、馬車に乗り、船に乗りとようやくここまでたどり着いた。長い長い道のりだった。


二人は町並みや人々を見て、どこか引っかかることがあった。
コムイにもらった資料では、村は街ほど栄えてはいないものの、活気がある村で住人も多くいるとあった。

船着き場から続く村一番の大通りにはもっと人があふれていてもいいはずなのに、人影はまばらだった。




アレンとラビ、そして同行していたファインダーは、宿を探そうとその大通りを歩いた。

通りを挟むように両側には店が並んでいたが、開いている店は半分ほど。あとの店にはCLOSEの看板がかけられ、カーテンが閉め切られていた。

「なんだか、思ってたよりさみしい村ですね。皆元気ないですし。」

「一日2往復しかない船も人が少なかったさ。」

それからあまり時間もかからず、宿を見つけた。
老夫婦によって営まれているその宿は、村で唯一の宿らしい。
船に乗りそびれた街の人や、たまに商売で来る人が泊まるくらいだそうだ。




二階のツインの部屋に入ると、ラビはベッドにボスンッとダイブした。
アレンはその隣のベッドに腰掛けた。

そして図らずも同時に同じ言葉が飛び出た。


「あー…、疲れた。」
「あー…、疲れたさぁ。」


一日のほとんどを移動に費やしたので、体力も限界だった。

「ラビ、今日の調査は諦めませんか?」

天井を仰ぎながら、アレンが言った。

「賛成さ。俺もう動けないさ。」

ダイブしたままのうつ伏せで、ラビが返事をした。

二人は明日から全力で調査するということにして、眠りについた。




翌朝、アレンが目を覚ますと、お腹からグーっと元気な音が聞えた。
二人は一階で宿の老婆が作ってくれた朝食を食べながら、今日の調査について話し合った。

事前にもらった資料では、『白い鳥の伝説』が一番怪しい。伝説の類は、イノセンスが原因であることが多いからだ。

「さっさと済ませたいですからね。図書館で調べるのと、聞き込みとに分かれましょう。」

「んじゃ、俺、図書館に行くさ。聞き込みは任せたさ。」

「わかりました。」



アレンがお腹いっぱい食べると、席を立った。
玄関に向かう途中、宿の主人が新聞を読んでいた。

「おはようございます。」

アレンが愛想良く挨拶した。しかし老爺は難しい顔をしたまま二人を見た。

「あんたら、外に出る時は気を付けたほうがいいかもしれんな。」

「え?」

二人は思わず立ち止った。

今この村では奇病が流行っているらしく、それがうつるものなのか、そうではないのかというのも、まだわかっていないらしい。
それに加えて、あの白い鳥がまた人を攫っているというのだ。

「ラビ、白い鳥だって。」

「ああ、聞いたさ。」

二人は顔を見合わせ、こそこそと言葉を交わした。

奥から老婆が戻ってきた。
そして心底、心配そうに言った。

「私らには天使様のご加護があるが、あんたらはよそ者だからねぇ。」

「この村に、天使がいるんですか?」

アレンたちはまた顔を見合わせた。

「ちょっと前に村の男の子が天使だったことがわかってねぇ。」

その時から、ほぼ毎日3回、お祈りが行われているそうだ。
奇病が流行り、行方不明者も出ている。
この閉鎖的な村では、その天使は住民の心の支えなのかもしれない。

「あなたたちも一度行っておいた方がいいわ。朝のお祈りは終わってしまったから、昼からのに行くといいわね。」

「そうですね。行ってみます!」

アレンは二コリと笑って、宿を後にした。




「アレン、天使なんて信じてるのさ?」

「信じてはいないけど、見てみないと。イノセンスと関係あるかもしれない。」

「それもそうだ。んじゃ、俺はこっち。」

「はい。では昼に教会で。」

二人は宿の前で、それぞれ別の方向へ進んだ。





<あとがき>
ザンプ本誌での連載が終わってしまってから、単行本で追うのも忘れ、買っていない巻がたくさん…。日本についたあたりまで持ってますが…。なので、まだまだ知らない秘密がたくさんあります。でも、アレンが教団についた頃をベースにしてますので、まぁなんとかなればいいかなと。メインは主人公ですから。彼の成長を描けたらと思います。どうぞ気長にお付き合いください。主人公は次で出てきますんで!